文化芸術コラム
「音楽の持つ力」

専務理事 大石修治

心の潤いと生きる力

 『ニューヨーク9・11テロでは、音楽など無力で役に立たないと思ったが、遺族や友人など多くの人々が涙を流して「あなたの演奏で生きる力をもらった。心が安らかに癒された」と云われた。あらためて音楽が大きな役割を果たしていることを強く知った。本当に音楽をやっていて良かったと感じた』と、指揮者・小澤征爾さんがNHK テレビで語ったことを思い出しました。

 また、阪神大震災では6千人以上の尊い命が奪われ、多くの人々が絶望の淵に落とされましたが、2ヶ月後くらいから音楽家達による演奏活動がはじまり、それを聞いた遺族の方々が「心が癒された。悲しんでばかりもいられない。生きる勇気と元気をもらった」と、感じたそうです。

 その後、兵庫県では多くの市民と企業が力を合わせて「兵庫県立芸術文化センター」と専属オーケストラが復興のシンボルとして誕生しました。震災から命の尊さと、生きることの大切さ、そして、心を潤し、生きる力を伝える文化芸術の大切さを学ぶとともに、人々の心のなかに文化に対する本物の魂が宿っている証しと思います。ちなみに、兵庫県はお客様のコンサート会場への入場率の高さが全国でトップレベルにあるそうです。

 音楽の力は、空気と同じように目に見えませんが人間が生きていく上で大切なもの故に、苦しみや、悲しみ、極限状態のなかで出逢った音楽から、本当に大切なものとして心のなかで見えていると思います。
 この度の、東日本大震災は日本の歴史上最大の被害に遭遇し多くの尊い命が奪われました。衣食住の整備とともに、被災者の心を癒す時が必ず必要になります。私達は仙台フィルハーモーニーを応援し、音楽の力で被災者に勇気と生きる力を伝えていけるようにサポートしていきます。

 また、東北に向けて県内にてチャリティコンサートを行い救援して参ります。時間がかかっても必ず東北に心豊かな人々の営みが戻ると信じています。そして、音楽が逆境に負けない大きな力を人々に与えてくださるように祈っています。

(第1回 2011年4月23日「そのりて」掲載)

創造力と革新力

 神奈川フィルでは、定期演奏会など年間150回ほどのコンサートを行なっています。その内の3分の1にあたる50回が小中学生向けのオーケストラ体験コンサートと鑑賞教室です。

 特にオーケストラ体験コンサートは、楽団員の2~3人が1ヶ月前くらいに学校に出向いてリコーダーやカスタネットを教えています。そして、本番当日は学校の体育館で全校生徒と神奈川フィルとの合奏です。もう10年以上に亘り子供達に忘れられない心に残る感動シーンを伝え続けてきました。毎回、子供達が感想文を届けてくれますが、「オーケストラと自分の音が一緒になったとき物凄く不思議な気持ちになった」「一生忘れられない経験をした。また一緒に演奏したいし学校に来て欲しい」「すごく楽しかった。楽器を習い神奈川フィルの応援をしたい」など、純粋で素直な声をたくさん頂いています。

 このような本物の芸術体験が子供達の心に小さな種まきとして育まれ、やがて創造性と感性豊かな芽が出て、人間性豊かに花が咲くことをいつも願っています。

 アメリカのオバマ大統領のマニフェストには、「文化政策」の一つに子供のうちから本物の芸術教育への投資を行ない創造性と豊かな発想を育ませ、将来のあらゆる分野で創造力と革新力を身につけた人間教育を国家戦略として打ち出しています。イギリスでも小中学校で芸術教育を週5時間の導入を決めました。子供の感性、創造性など芸術教育により学力を向上させることが研究機関により実証されたことからアメリカもイギリスも力を入れて国家戦略として動き出しました。

 「国づくりは、人づくり」それは、創造力のある人づくりが、創造力のある成長した国をつくる源であります。音楽をはじめ文化芸術の素晴らしい力は、創造性を育む感動(5感を潤す)を人に与え、心を動かし、世に役立つ人間を形成していくところにあります。人間にとって、最も心を目覚めさせる一瞬が感動だと思います。「感動」が「心動」へと伝わり、やがて自立した「行動」に昇華されます。それこそがまさに精神の良化を生み出す文化芸術のもつエネルギーだと考えます。

 今、日本は10年、20年かけても哲理をもって人心の復興と人づくりへの文化政策を国家戦略として掲げることが一番の近道だと思います。神奈川フィルは、これからも、地道に「感動の種まき」を続けて参ります。

(第2回 2011年5月28日「そのりて」掲載)

平和を可能にする力

 音楽について、アインシュタイン博士は「音楽がなくても人間は生きられる、しかし、音楽のない世界は人間の心を疲弊させる」と語りました。疲弊や人心の汚染などが、自然破壊や、戦争を引き起こす人間の愚行の歴史でもあります。

 欧米では町や市民が音楽をはじめ文化芸術を大事にする風土が浸透しています。ヨーロッパに在住していた友人の話では、「長い歴史のなかで、国や民族の争いなど悲惨な現実と絶望の淵に立ち人々の心は疲弊した。そんな中で、生きていく希望として、音楽で心を豊かに潤うことの大切さを知り、国や民族の争いを無くし、互いに理解と平和を求めたが、人々は常に葛藤し翻弄されていた。多くの人々は音楽や文化芸術には、言葉も国境も越えて、どこにでも入っていける自然な力と、人々を一つにする力があることを歴史の教訓から学び、後世に伝えていくことの大切さが息づいているように思う」とのことでした。

 人類の歴史は、戦争の歴史でもありますが、音楽や文化芸術の持つ力で戦争のない平和な世界を目指すことが究極の願いであり、そのことが、文化芸術の持つ本来の存在価値でもあると思います。防衛庁が防衛省に昇格するなら、文化庁が文化省に昇格することの方が、はるかに未来に明るい希望をもたらすことでしょう。

 音楽は人々の心を一つにする力を持ちます。一つの楽譜があれば世界が一つにつながることができます。言葉も、民族も、国境も関係なく一つになれます。それは、平和を可能にする力を持っているということです。

 もし、世界の平和が、音楽のオリンピックで可能ならば、その可能性に挑戦したい夢があります。オリンピックといっても競い合うのではなく、それぞれの国の歴史、伝統の響き、文化の薫り、人々の心、土の匂いなどを音楽で表現したら世界中が音楽で一つになれます。いきなり世界が難しいならアジアからはじめても、と考えるだけでも楽しくなります。調和した音楽から“心のひだ”を感じ合い、理解し合うきっかけとなれば素晴らしいことです。

 音楽の先にはいつも明るい未来があると信じています。音楽が生まれたことは、世界の平和と、人々の幸せを願って、神様が人間に知恵を与え、自然と共生する中から創られたものではないかと、思っております。

(第3回 2011年6月24日「そのりて」掲載)

経済力と繁栄をもたらす力

 音楽は人々を一つにする力があります。それは、文化芸術が人々を集める強い力を持っていることにも繋がります。そのことは、音楽が心を豊かにするとともに、街や都市そして国への繁栄として、豊かさに繋がる力をもたらします。ここでは、豊さと繁栄について考えてみたいと思います。

 人々が集まることは、地域の商店、観光、交通機関、ホテルなど多くの産業への繁栄をもたらし、経済の活性化にも繋がります。文化国家として、文化芸術が国をも動かす経済的活力源となっているフランスでは、文化芸術が市民にも大切な文化財産として息づいています。イギリスのブレア首相が1998年に「ファッション、映画、音楽、演劇、ソフトコンテンツ、コンピューターサービス、建築芸術、芸術品、骨董品、劇場、美術館、文化遺産、スポーツ」など、文化創造ビジネスをこれまでの製造産業中心からクリエイティブ産業強化への国家戦略の転換を行ない優遇政策などの支援を行ないました。雇用の拡大をはじめ、今では金融サービス業に並ぶ規模までに成長しています。

 アジアでも中国は北京、上海、香港を中心に経済政策と文化政策を国家の両輪として、製造産業とともに文化政策に力を入れて文化クリエイティブ産業を成長させています。アメリカのケネディ大統領の1%運動(公共施設建設の費用から1%を芸術活動に支援)は、国民の文化芸術への意識を高揚させ、アメリカのステータスとともに、文化芸術活動の今日に大きな影響を残しました。
 文化政策を重んじる国は、一国のリーダーが強い信念で「文化芸術の力を信じて」国を変えていきます。日本再生に「文化の力」を活かす。文化力が経済を強くする。今の日本は地域の力と市民の英知から新たな成長を創り上げていくことが賢明な道。

 現在、神奈川フィルも参加して横浜がアジアの文化芸術のハブ(拠点)として、文化交流と地域経済の繁栄、国策である観光立国とのリンク、文化政策の担い手づくりなど、新たな日本の道づくりに取り組むことを考えています。

 文化芸術を大切にする国に、豊かな未来があります。音楽の力を信じて、人々に生きる力と、平和と、繁栄に繋がる道を確実に創り上げ実証していくことが音楽に携わる者の使命と思っています。

(第4回 2011年9月16日 「そのりて」掲載)